千葉県外房いすみにある女性限定のヒーリングルーム 「カモミール」のページです。日常の疲れを癒してみてはいかがでしょうか?
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         「善縁」に生きる

                         西田正法

       

  
        「縁」との関わり方


 「(地の縁・時の縁・人の縁)、良い縁は育て、悪縁は自分を

育ててくれる師匠、切るのではなく活かす。生きていて良かった

と思える人生を」

ーこれが、私の師匠でもある父が自らに課し、他人にも説き続け

たことでした。




 仏教は「縁起」の教えと言えましょう。縁起を表現した「衆縁

和合」という言葉があります。衆は「沢山の」ということ、人知

が及ばないような沢山の縁が和合して、「私」や「すべての事」や

「すべての物」が成り立っている。言い換えれば、すべては相互

に関係し合いながら、原因となり結果となって現れていると観る

のです。
 
 

 仏教のテーマは、この「縁」をどう受け止め、どう関わってい

くかということです。我が思いとは無関係にこの身に降り注ぐさ

まざまな「縁」を、「善縁」として活かしていこうとするのが仏

教です。



         「只今一つ」


 常に全力を傾ける師匠の口癖は、「只今一つ」「今、此処で、

出会っている縁を大切にしろ」でした。「今をお座なりにする者

は、先にいってもお座なりだ」そんな懐かしい叱咤を思い出しま

す。




        すべての「縁」を「善縁」に
 


 仏教語の「苦」という言葉は、漢訳される以前のインドの古い

言葉では「ドゥッカ」、「思い通りにならない」という意味で

す。仏教は「人生は苦である」と切り出します。これは、苦を耐

えることや、諦めることを説いているのではありません。そうで

す、自らの意志で、苦を楽に転じていく道を説いているのです。

そのありようは、病や老い、さらには差し迫った死さえも「善

縁」として頂き、命ある間は一生懸命に生きる、ということで

す。
 
 師匠は、幼少期からいかなる出来事も、否定せず、拒まず、自

分を導いてくれる尊い「縁」、「善縁」として活かしてきたのだ

と思います。 


                
                

                             (一部抜粋しました)
 
                  

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    お世話になっていますお寺さん 龍泉寺さん

    仏教の生活 249平成27年冬・新年号より

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ありがたい
今だから、解ります。
色んな事が本当にありがたい。
たいママ 2014/12/15(Mon)22:01:17 編集
そうだね!!
縁不思議なものだけれど・・・
全てひっくるめてその縁が良い。
【2014/12/16 13:41】